《人気者で行こう》 ★★★★★★★★★
発売日:1984/07/07
チャート最高位:1位(オリコン)
売上枚数:81.6万枚
レビュー
7thアルバム。シンセサイザーの進化により、テクノ・ポップという言葉が生まれるなど、音楽はデジタル化が進んでいた時代。80年代と言えば洋邦問わずピコピコサウンドをイメージする人も多いだろう。日本でも1983年にYMOが「君に、胸キュン」をヒットさせ、1984年にTM
NETWORKがデビューする、そういう時代である。日本の歌謡曲やビートルズ、クラプトンなどの生バンドを聴いて育った桑田をはじめとするサザンのメンバーはこの流れを当時どう感じていたのだろうか。「俺たちはそんなものは使わねえ!」と反発してもおかしくないところだが、サザンはYMOのアシスタントも経験している藤井丈司を迎え、貪欲にデジタルサウンドを取り入れにかかるのだ。そしてただデジタルに迎合するのではなく、今まで培ってきたバンドサウンドとの見事なまでの融合と、桑田佳祐が生み出すレベルの高い楽曲との組合せにより、これまでの枠を超えたかつてない名曲達を生み出すことに成功した。この成功体験により、サザンは、いや日本のポップスは、デジタルとバンドサウンドの融合を高いレベルで実現し、90年代のJ-POPサウンドで一つの絶頂期を迎えることになっていく。
当時、小学生にもなっていなかった私が適当なことを勝手に書いているだけだが、そう書きたくなるくらいの存在感があるアルバム。後追いでこのアルバムを聴いた私でもそう思うのだから、リアルタイムで聴いた人たちは一体この音たちをどう感じたのだろうと興味は尽きない。
多くの方が評しているが、間違いなく初期サザンオールスターズの最高傑作である。
なお、このアルバムは1984年の年間オリコンアルバム売り上げ第3位であるが、1位はマイケル・ジャクソンの「スリラー」、2位は映画「フット・ルース」のサントラだということから、日本人アーティストでは第1位の売り上げということになり、名実ともにサザンは日本のトップ・アーティストに上り詰めた。
(1) JAPANEGGAE (ジャパネゲエ) ★★★★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ & 矢口博康
1曲目からこれである。桑田佳祐というシンガーソングライターの、そしてサザンというバンドの狂気の才能を思う存分見せつける楽曲。
いきなり和琴のようなシンセの音色から乾いた太鼓のような、それでいてレゲエのような弘のドラム、グルーヴィーなベースライン、それにサックスという訳のわからない組合せなのに、まるで江戸の遊郭を想起させる演奏の中、「I
could
never〜」と英語詞で歌い始める桑田。しかし聴いていくとどうも英語ではないっぽい。歌詞カードを見るとそこには英語は一切なく「愛苦ねば世も知れず」と書かれている。もうこれが狂気でなくて何なのか。デビュー6年目、まだまだ歌謡曲全盛の1984年にこの世界観、恐ろしいバンドである。
個人的には、人生で初めて生で見たサザンのライブ「セオーノ・ルーハ・ナ・キテス<1999年>」の1曲目がこの曲で、桜と和の演出の中、この曲のイントロが流れた時に全身が震えたのを鮮明に覚えている。
(2) よどみ萎え、枯れて舞え ★★★★★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
1曲目に物凄い世界観を見せられた後、少し落ち着いたAOR風のナンバー。しかしこの曲もまたすごい。
何と言っても歌詞。タイトルも歌詞も全く意味不明だが、決して英語かぶれするわけでなく、日本語の持つオシャレな響きを見事なまでにメロディと同化させ、洗練された楽曲に仕上げている。とてもこの後、骨太な英語詞ロックを良しとして「KUWATA
BAND」の活動をする人と同一人物が書いた曲とは思えない。
なお、2番のAメロに出てくる「愛倫浮気症」は桑田の造語であることは有名。歌詞カードには「アイリン・フーケ・ショウ」と書かれているが、どう聴いても「アイリン・ブーケ・ショウ」とまるで英語であるかのように歌っている。桑田のヴォーカルの一般的なイメージは、いわゆるしゃがれた声でガナるように歌うという、よくモノマネで見るようなものだと思うが、この頃から、力を抜いた繊細な歌い方を自分のものにし、表現に幅が増している。
シンセの使い方も今聴いても全くチープな感じはなく、本当にオシャレな曲。
(3) ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY) <Single.20>
(4) 開きっ放しのマシュルーム ★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
80年代のシンセ・ロックといった一曲。当時活躍していた伝説のバンド「PINK」に感銘を受けて作った曲ということらしい。サックスとシンセ、桑田のガナるような歌い方が特徴的だが、特に好んで聴くことはない。
(5) あっという間の夢のTONIGHT ★★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
ここからは少し一息。サザンらしいというか、セブンスコードがオシャレな雰囲気を出しつつも、夏の風が似合うようなさわやかな一曲。ここでも「I
Tender」に「愛ってんだわ」、「I
surrender」に「愛されんだわ」と日本語が充てられており、桑田式空耳アワーが展開されている。
(6) シャボン ★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
弦編曲 八木正生
サザン名義のアルバムで1曲は入ることの多い、原由子ヴォーカルのナンバー。大人の雰囲気をまとった曲で、原のヴォーカルがいい雰囲気を出しているが、インパクトが弱く、他の原坊ヴォーカルの楽曲に比べるとあまり頻聴はしない。歌詞に出てくる「セゾン」はクレジットカードをイメージさせるが、フランス語で「季節」(英語で言うところの「シーズン」)を意味する言葉なんだとか。
(7) 海 ★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
管編曲 新田一郎
「ミス・ブランニュー・デイ」にシングルの座を奪われた佳曲。桑田がジューシィ・フルーツというバンドに提供した「萎えて女も意志をもて」というシングルのカップリングとして先にリリースされており、位置づけ的にはそのセルフカバーとなる。
ライブでもコンスタントに歌われる曲で、桑田本人も割とお気に入りの楽曲と思われる。メジャーセブンスのオシャレで物憂げな雰囲気が、夏のギラギラした海ではなく、夕暮れ時の静かな海を思わせる、桑田特有の夏の表現はさすが。
中山康樹氏著「クワタを聴け!」では、「他の曲に比べて脆弱」と辛評しているが、スージー鈴木氏著「サザンオールスターズ1978-1985」では「これぞ名曲!」と絶賛しているように、聴く人の好みによって評価は分かれる曲というのが面白い。ちなみに私は前者の感想に近い。
(8) 夕方 Hold On Me ★★★★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
管編曲 新田一郎
高らかなブラスの音から、高音のヴォーカルで始まる軽快なナンバー。ライブのアンコールで歌われることが多い印象。
初めて聴いたのは、「江の島」というサザン楽曲のメドレー企画のCDで、ブラスのイントロ及び2コーラス目のAメロ「世界で一番、素敵な夕方
Hold On
Me~♪」という部分だったが、そのフレーズのみで一瞬にしてこの曲のファンになってしまうくらい、素敵なメロディとアレンジ。サビの「Da
Da
Da…」の部分もカッコイイし、ポップスの理想形と言いたくなるほど、定期的に聴きたくなる一曲。
「夕方」「相方」「曖昧な」といった空耳英語の歌詞は、1,2曲目でもあきらかなように、このアルバムで顕著に表れているが、この曲ではついにタイトルにまで昇華した。
(9) 女のカッパ ★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
この頃の桑田佳祐が得意とする渋めの大人なナンバー。桑田の著書「ロックの子」によれば、当初このアルバムのタイトルの候補として「QUAPPA(カッパ)」という単語が上がっており、この曲のタイトルもそこから来ていると思われる。いろいろなレビューを読んでも「スティーリー・ダン」ぽいサウンドという言い方が多いが、スティーリー・ダンを深く聴いたことがないので、よくわからない。玄人受けしそうなナンバーで、雰囲気は好きなのだが、コード進行なども凝って作っているわりには今一つインパクトが弱く、聴いていて気持ちいいところまでいかないため、私の好きな曲リストにはあと一歩で入らない曲だ。
(10) メリケン情緒は涙のカラー ★★★★★★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ
一方こちらはイントロから気持ちよくなってしまう一曲。「My Foreplay Music」や、BONJOVIの「夜明けのランナウェイ」なんかもそうだが、ピアノの連続音で始まるシンプルなイントロなのに、なにゆえ人の心をここまで鷲掴みにするのだろうと不思議になる。
横浜を舞台とするサスペンスものは、この後「KAMAKURA」に収録される「死体置場でロマンスを」につながる系譜。サザンではほかにも「マチルダBABY」や「ホリデイ~スリラー「魔の休日」より」など、物語風の作風がたまに登場するが、どれもいい。
私はいつもこの曲を聴くと、「ポートピア連続殺人事件」というファミコンのゲームを思い出す(あれは神戸が舞台だが)。何となく懐かしいようなメロディが、横浜港の陰の雰囲気を出していて、ライブで聴くと最高に盛り上がる一曲。
(11) なんば君の事務所 ★★★
作曲 大森隆志
編曲 サザンオールスターズ・藤井丈司
ギタリスト、大森隆志作曲のナンバー。これまでも彼の楽曲がアルバムに収録されることがあったが、インストの楽曲にしたのは賢明な判断。シンセサウンドとギターの疾走感のある楽曲は悪くはないし、「猫」のようにあの素人カラオケレベルのヴォーカルを聴かされるよりは、ずっと聴く気持ちになる。
ただ、それ以上でもそれ以下でもなく、アルバムを聴いていてかかれば聴く程度で、わざわざ聴くために選曲したりはしない。
(12) 祭はラッパッパ ★★★
作詞・作曲 桑田佳祐
編曲 サザンオールスターズ・藤井丈司
冒頭にも書いたとおり、このアルバムは初期サザンオールスターズの最高傑作なのだが、残念なのが最後の2曲。
ファンク風の曲調に意味不明な歌詞、それ以上でもそれ以下でもない。
(13) Dear John ★★
作詞 桑田佳祐
作曲 桑田佳祐・八木正生
編曲 八木正生
名アレンジャー、八木正生さんの編曲による、まるでディズニー映画のような壮大なストリングスのバックを背に、ジョン・レノンへの敬愛を歌うナンバー。出だしの部分は「夕方 Hold On Me」でも述べたサザン楽曲のメドレー企画「江の島」の出だしでも使われている。
うーん。壮大なわりにはメロディもまとまりがないし、特に心にグッと来るフレーズもないし、ジョン・レノンへの思い入れもそこまで強くない私としては、ほとんど聴かない曲。このレビューを書くためにあらためてこのアルバムを聴き直してみたが、やはり最後の2曲が「KAMAKURA」のDISC1、DISC2いずれかのラスト2曲と入れ替わっていたら、本当の意味での名盤になったのに、返す返すも惜しい。